北日本四政経懇話会

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北日本政経懇話会7月特別例会

「吉原から見た江戸の娯楽」

【日時】令和7年7月15日(火)正午
【会場】ANAクラウンプラザホテル富山
【講師】山田 順子 氏(時代考証家)
【演題】「吉原から見た江戸の娯楽」
 北日本政経懇話会の7月特別例会が15日、富山市のANAクラウンプラザホテル富山であり、時代考証家の山田順子氏が「吉原から見た江戸の娯楽」と題して講演した。NHK大河ドラマ「べらぼう」の吉原風俗考証を担当した観点から、ドラマで描かれた当時の遊女の生活や時代背景などを解説した。

■華やかな世界 遊郭文化 
江戸時代、一日千両の金が動いた場所が三つあった。日本橋の魚河岸、芝居町、そして吉原だ。吉原では約2,000人の遊女が働いていたと伝えられる。
 吉原は、京都島原や大坂新町の遊郭との関連がある。それを示すように、吉原の遊女が使う「ありんす」といった独特の言葉遣いは京都に由来する。
 「べらぼう」で印象的だったのは瀬川の花魁(おいらん)道中だ。花魁は吉原における最高位の遊女。誰もが就けるわけではなく、10人いて1人がなれるかどうか。美貌だけでなく教養や芸事にも秀でていることが必須だった。
 手紙が重要な営業の手段であり、遊女たちは客に向けて書く恋文の教本を手にしながら知恵を巡らせ文章をつづった。当時は、五七五七七の形式で面白おかしく歌を詠む「狂歌」が流行していて、客からの手紙に添えられた歌にうまく返せる能力も必要だった。
 遊女と芸者の役割は明確に分かれていた。遊女は帯の結び目を前にするのに対し、芸者は背面に回すなど、装いからも違いが分かる。江戸時代の男の髪型といえば「ちょんまげ」だが、形にもいくつか種類があり、武士や町人を見分けることができる。外見を見れば身分や仕事が分かるのが江戸時代の特徴だ。
 ドラマの主人公である版元・蔦屋重三郎は浮世絵や吉原の案内本を次々と世に送り出した。吉原を支えた背景には、蔦重の功績が大きい。この時代が花の吉原の最後だったと考える。
 北日本新聞に立山信仰が吉原に浸透していたことを伝える記事が掲載された。吉原の大門を描いた絵を見ると、門の上に札が並べられているが、これは吉原の主人たちが信仰している神様の札。記事を読みながら「この中に立山のものもあるかもしれない」と感じ、吉原と富山とのつながりを想像した。

■交代会員5人紹介
 講演に先立ち、交代会員として、上原電機商会の上原由記久社長、NTT西日本富山支店の瓜生知史支店長、富山ターミナルビルの立石善裕社長、富山テレビ放送の細川賢社長、富山電気ビルデイングの山田尚成社長が紹介された。

■次回はエミン・ユルマズ氏
 9月例会は9月18日に富山市のANAクラウンプラザホテル富山であり、エコノミストのエミン・ユルマズ氏が講演する。問い合わせは北日本新聞社事業局、電話076(445)3369。

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